2015年03月26日
愛犬の死

今でも、仕事の合間などにふとココアのことを考えると、寂しいという単純で利己的な気持ちと、果たして自分は良い飼い主だっただろうかとか、こんな結果にならないよう最善を尽くしただろうかとかといった自責の念が渦巻き、動悸がして、呼吸が詰まり、涙が滲んでくるのだが、それでも、時間の経過とともに勝手に傷は癒えていくらしく、否応なしにココアの死とその後のココアの居ない生活を受け入れつつある。

それなのに、今日は遅いし疲れちゃったから夜のお散歩勘弁な、などと言ってしまう日が続いたことを、今更ながらに、どのように償ったら良いものかと考えてみても、答えなどあるはずもなく、ただただ自分の怠惰さを悔い、手を合わせてココアに侘び続けるしかない。
死の直前、とっても痛くて苦しかっただろうに、かわいらしく、今思うと慈愛に満ちた瞳でじっと僕のことを見つめていたココアのことを想うと、愛おしさに胸がつぶれそうになる。
《150325》
Posted by TORIBIO at 22:53│Comments(0)
│愛犬/ペット
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